2008年1月23日(水)
高齢期運動リポート NO.56 2008年 1月15日
『特集2・当面する高齢期医療制度問題』
1 08年度以降の市区町村の保健事業をめぐる問題について … 篠崎次男
2 別表1 「各種保健事業の取り扱いについての総括図
3 別表2 生活習慣病対策についての市区町村の質問事項
4 「コラム・年寄りの独り言①」 気になる風景
2008年度以降の市区町村の保健事業をめぐる問題について
1 老人保健法から健康増進法へ
まず,巻末に掲載してあります「各種保健事業の取り扱いについて(総括図)」なる表をご覧ください。この資料は,厚生労働省が作成し,自治体への新しい保健事業についての説明に使用しているものです。皆さんが住んでおられる市町村の衛生部門や国保部門の職員なら誰もがもっている資料です。
向かって左側が平成19年度(07年度)までの事業内容。右側が平成20年度(08年4月以降)の事業内容です。相違点は、07年度までは老人保健法に基づく制度であったものが,08年度より健康増進法による保健事業に変更になります。
老人保健法はご承知のとおり、1983年度より施行されました。1973年に老人福祉法で実施された老人医療費支給制度(無料制度)を打ち切るために新設された制度が老人保健法です。医療の面では,大きな改悪でしたが、40歳以上の地域住民に対して,総合的な保健事業を開始したという点では,つまり公衆衛生の面では画期的な制度でした。これにより、日本で初めて40歳以上という年齢制限はあったにせよ,すべての住民に対して国と自治体の責任で,多様な保健事業を開始しました。これ以後、市区町村の保健師をはじめ保健職の体制は徐々に増強され,憲法25条に基づく国民の生存権保障の重要な柱の一つとして公衆衛生部門が強化され,地域社会と人びとの健康増強に大きな役割を果してきました。その法律がほどなくなくなります。このことで,後ほどふれますが,市区町村の住民への保健事業が大きく変ります。
2 健康増進法とは
老人保健法にとって代わる健康増進法とは,03年度に施行された新しい法律です。この法律は,公衆衛生の否定ともいえる昨今の厚生労働省の年来の主張を具現化した法律です。詳しくは篠崎著「構造改革と健康増進法」(萌文社刊)を参照してください。ここでは本リポートの主題に関連する点を概説するに止めます。
1)健康維持・疾病予防自己責任
古い話ですが厚生労働省は,1983年に当時の臨調行革から要請されていた医療制度の見直しを具体化するための基本方針を示しました。その基本は「健康維持・疾病予防自己責任論の徹底」でした。多くの国民を侵している病は生活習慣病である。これは直りづらく、従って社会保険給付費が増加し、人口の高齢化がそれに拍車をかける。寝たきりの高齢者や認知症などももとをただせば生活習慣病から出発している。これが社会保険給付費を押し上げている。それへの対策が医療政策の基本であるとしました。それが自己責任論の徹底でした。その理由は,生活習慣病は個人の生活習慣が病気を引き起こす要因なのだから,病気の予防も治療も個人責任とすべきである,という主張です。食習慣にせよ,精神衛生にせよ,社会的背景や労働環境から強制されたものが多く,個人責任では何ごとも解決しません。しかし,厚生労働省は,国人の自己責任のみを追求することを,医療行政の基本にすえました。
2)自己責任を追求するための社会保険改悪へ
社会保険の改悪も,不健康な生活習慣の積み上げの結果としての受診なのだから,受益者としての「応分の負担をすべきである」という形に変えられていきました。
後期高齢者医療では,都道府県単位で、費やした社会保健給付費に応じて保険料や国保などからの後期高齢者医療制度への支援金がきまるなど,病人が多いと保険料や一部負担金を引き上げる仕組みを導入しています。
3)保健所統廃合が拡がる
公衆衝生の分野では,まず保健所の統廃合がすすみ数が少なくなりました。予算をつけずに保健事業の大幅な市区町村への移管がすすめられました。保健所法がなくなり,地域保健法ができました。そして,今回の健康増進法に変えられていきます。そのたびに,憲法25条がいう国民の生活・健康への国と自治体の責任が曖昧になっていきました。
4)保健政策の大幅な変更
健康増進法では,いろいろなことが変り始めています。
この法律で強調されているのは,国民は生涯にわたり健康維持につとめる義務があるということです。国にいわれるまでもなく自らの健康に留意しています。好き好んで病気になる人はいません。個々人の努力をこえたところで病気になります。だから,治療も予防も公的に保障されねばなりません。公的責任の棚上げと一人一人の自己責任を求める法律が健康増進法です。
5)特定表示保健食品の登場
この法律には,特定表示保健食品が認定される制度が設けられています。03年に施行されましたが,一番の変化は,ちまたに健康食品が氾濫したことです。テレビも新聞も雑誌も保健食品の広告で一番多く掲載されてもいます。その広告には一つの特徴があります。一例をあげます。
循環器系統の病気で倒れたことのある俳優が,肥満した太鼓腹を波うたせながら,トンカツをぱくつきながら○○茶をがぶ飲みする姿がテレビ画面に大写しになる。ナレーションが囁く・・「中性脂肪が気になるかたへ」。
ミスター野球氏が,脳梗塞で倒れるまで放映されていたものにもこんなものがありました。ミスターが清々しい笑顔で○○飲料をのみこむ。血圧が気になるかたへ,とナレーションが囁きかける。
メタボリック症候群は健康の敵であり,それは肥満・中性脂肪・高血圧・高血糖などを引き起こすという宣伝が蔓延している。職場では評価主義が常識になり、リストラではまず健康状況が退職勧奨の評価基準になる。人びとは健康に脅迫されている日々を送っています。その人びとが,これらのコマーシャルに心を奪われ,サプリメント・健康食品・栄養補助剤などを購入している。
「気になるかたへ」という表示と.厚生労働省認定の保健食品という表示がセットになって人びとの心に分け入ってくる。コマーシャルでは,効くとはいわない。気になるなら飲みなさい,という。政府認定のお墨付きがある,その点で効くと思い込む。実に巧妙な宣伝法です。医薬品でないから効くとはいえない。食品衛生法だけでは健康に効くという宣伝はできない。そこで登場してきたのが健康増進法。医薬品ほど厳しい審査はない。一般食品とは違いとの表示はできる。食品や薬品業界の期待をになって登場してきたのが健康増進法での保健食品の指定制度です。保健の市場化がここから本格化していきました。
6)制度ごとに健康管理
そして極めつけは,健康増進法では、各種医療・保健制度ごとに国民の健康に責任をもつ制度へと転換させたことです。それにより,社会保険・国民保健が傘下の被保険者とその家族の健康に責任をもつ。母子保健法が母子の健康に,学校保健法が児童・生徒・学生の健康に責任をもつ。労働者は職場が責信を持つ。このように変えられます。国と自治体が責任をもち,地域社会とそこに居住する全住民まるごと健康にしていくことをめざした憲法25条による公衆衛生は,08年4月以降,感染症対策(危機管理)のみに自治体の衛生部門が対応する。国民の健康への公的責任は大幅に後退していきます。
少し長くなりましたが,別表の「老人保健法による健診等」が「健康増進法による保健事業」に変更になるという意味はきわめて大きい。憲法25条の形骸化への第一歩になるということです。 ’
3 健診制度がどう変わるか
1)基本健診と健康手帳
まず変るのは基本健診です。基本健診と表でいわれているのは,これまで自治体健診とよばれて住民に親しまれてきた健康診断のことです。1983年に開始されて以来,医療関係者や市民団体,住民の制度を充実させる要請行動と,曲がりなりにもそれに応えてきた市区町村の努力で,いまでは生活習慣病対策としての健診としては,充実した内容になっています。血液の生化学検査,心電図,眼底検査,各種臓器のレントゲン検査などが網羅されています。希望すれば40歳以上と年齢制限があるものの、住民すべてが受診の機会を保障されています。
表の左上の基本健診欄からでた線が右下の糖尿病等の生活習慣病に着目した指定健診・特定保健指導・健康手帳にかえられます。
検査項目が生活習慣病対策に限定されます。心電図も胃の検査も,総合的な血液のの生化学検査もカットされます。生活習慣病の早期発見には多くの問題をかかえた検査項目になります。
健診を受けることができるのは,糖尿病・高脂血症・高血圧症・肥満症の患者と予備軍(予備軍の認定は自治体が行います)に限定されます。
これまで毎年健診を受けることが可能でしたが,糖尿病等の患者が医療保険者の指名をうけて1回だけ受診できます。保健指導は,検診後何回が生活習慣の変容に努力しているか否かの点検のための保健指導とよんでも差し支えない内容での指導を数回受けられるだけです。
健診の実施者は市区町村から医療保険者に変ります。これまで国と自治体の負担と公的な体制で実施されてきた健診事業が,医療保険者にかわります。費用は公費から被保険者が納入した保険料で賄われます。
公衆衛生の保険化です。生涯にわたって予防が必要なのに,ごく限られた人が、患者になったときに,限られた機関だけ受診できる内容に後退します。生活習慣病の予防に役立たない健診と保健指導への改悪です。
2) 基本健診以外の健診・保健教育・がん健診について
表の左のがん健診の下をご覧ください。※のあとに「平成10年度の一般財源化した後は,法律に基づかない事業として市町村が実施している」と説明されています。その上で、右側の市町村の欄に線が伸びています。
一般財源化とは,国は一切の費用負担をしないということです。平成10年以後は,市区町村の予算が実施されているということです。法律に基づかない,ということは、市区町村が任意に(だから勝手に)行なっている,ということです。
この先も,国は費用面で責任は持ちません。おやりになるのでしたら勝手にどうぞ,ということです。
市区町村が住民の健康に責任をもつための熱意があるか否かと,予算措置をするか否かにかかっているということです。08年度は従来通りという市区町村が多いようですが,この先,よほど住民が関心を強くし,要望し,自治体と議会がそれに真摯に応える,ということにならないと縮小され,やがてはなくなるかもしれません。
従来と変わりなく実施するとしても,いろいろな制限がつけられている自治体が多くなっています。
骨密度健診など、中高年の女性に限定する。利用者負担を強める。
がん健診でも,利用者負担を増やす,定員制にして定員がうまれば即打ち切りなど、予算を減らして事業を縮小も考えられます。
多くの自治体にみられるのは,65歳以上の高齢者は健診の対象から外すという傾向です。
3) 健康手帳
老人保健法では希望者全員への配布を義務づけていましたが、今回は医療保険者に移管されます。
4) 保健教育
第3セクタ一に実施方を移管し,運営の効率化を重視する。あるいは介護保険や国保など保険の費用での開催に変える,などいろいろな変化かでてきています。いずれにしても,現行より後退することだけは確かです。
4 急ごう市区町村交渉
08年2月には,議会に新年度予算と事業計画がでてきます。その内容を早めに把握し,保健事業の後退をさせないための取り組みが必要です。
別紙、「市区町村への質問事項」を添付しておきます。参考にして交渉に生かしてください。
この問題での参考文献は限られています。各自で取り寄せられるようおすすめします。
<参考文献>
篠崎次男「『構造改革』と健康増進法」萌文社。
篠崎次男「『健康自己責任論』と公衆衛生行政の責任」自治体研究社。
篠崎次男「メタボ対策にとどまらない保健活動」日生協医療部会。
学習運動を強化しよう
講師派遣します。相談してください
この問顔はあまり知られていません。学習会を開催して、ことの本質を学び、自治体交渉についても方向と内容について学習する必要があります。
日高連では,都道府県主催の学習会の場合,また都道府県組織を通じて申し込まれる市町村での学習会,加盟団体の学習会などには,講師を派遣します。
講師は,限られています。あらかじめ日高連と日程の打ち合わせをしてください。
できたら,数カ所連続的に開催してくださるとありがたいです。
場合によっては,自治労連の公衆衛生部会傘下の保健センターの保健師などの派遣も検討できます。この点でも相談してください。
なお,市区町村の保健師のためのこの問題のテキストもあります。
<テキスト>
篠崎次男「生活習慣病対策と自治体保健師~保健からみた医療制度「構造改革」と健康問題」全国保健師活動研究会企画・編集、萌文社発行です。
あなたの居住する自治体の保健師等にこの小冊子を広げることも、自治体との協同をすすめるうえで有効かもしれません。是非ご検討ください。
年寄りの独り言
その1…気になる風景
街を歩いていて遭遇する、いやな「風景」。その一つが電車のなかでの気になる「風景」。年寄りの繰り言ですが,心のうちを吐き出します。
人びとの営みを「風景」とは,そぐわない表現ですが、人のおこないとは思いたくない。「風景」だったら目をつぶればそれでいい。社会の変革だとか,政治の革新だとか,声だかに叫ぶほどのことはない。だがいわずにはいられない。
ただ、あまり,そのことにこだわると「修身」の復活だなどのご批判をうけかねない。これはあくまでつぶやきなのです。ただ.年寄りらしく,気になる街中の「風景」を,厭味たっぷりに記録しておくことにする。今回はその第1回。
「優先席」と杖を-つく人
電車のなかにある,特別な色分けをした座席を,いつのころからか「優先席」と称するようになっている。「おとしよりやからだの不自由なかたに席をゆずりましょう」と,仰々しいことわり書きがある「特別席」のことである。
4~50歳代の男性や30歳代の女性が席を占領していることが多い。彼ら、彼女らのその席での振る舞いほど気になることはない。
私は間もなく後期高齢者となる。その私が,たまたまその席の前に立っても,一度たりとも席を譲られたことはない。彼ら彼女らは,窓にはられた「優先席」を示す案内文(図)を「正確」に読み取っているに違いない。小さく,お譲りくださいと書いてあるが,その字の10倍ほどの大きさで,絵の表示がある。お腹の大きな女性。乳児を抱っこした女性。杖をついた男性。松葉杖をついた男性。劇画世代は字にあまり注目しないらしい。つまり,年寄りとは「杖をつく」人のことらしい。優先席に座っている何人かの被らは(ほとんどの人は一顧だにしない)薄目を明けてこちらを眺めやる。ただそれだけで無視。おそらく杖の有無を確認して,席をゆずる必要がないことを確認したに違いない。
絵を小さく。字を大きくして欲しい。JRさんへのお願いである。
「優先席」と携帯電話
一昔前までは,優先席を横着にもすわり続けるためには、みなさん「狸寝入り」を決め込んでおられました。
いまでは,携帯電話と睨めっこ。まわりの人には一切関心無し。なになに,優先席では携帯電話の電源を切らねばならないって。そんなことはありませんよ。よく優先席の表示を読んでください。「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」と書いてありますよ。優先席では携帯電話の使用はご遠慮いただかなくて結構です。この点ではしっかり字を読んでおられるのです。つまり,電車(首都圏のみかもしれないが)では,優先席付近の吊り革が黄色にどぎつく色分けされています。その吊り革につかまっている人は遠慮しなければならない。座っている人には規制はありません。人を押し退けて横着を決め込もうとする人びとは,他人から非難されたときの用心をしっかりしているのですよ。字が読めたり読めなかったり,融通無碍に振舞える人が増えているのかもしれません。
昼人びとが増えています。どのような人でも,正確にお願いの内容が伝わるよう、万全を期していただきたいと思います。JRさん。
「優先席」と若い人びとと交通会社と
路線バスに乗ると,車が止まってから席をお立ちください。かならず入るアナウンスである。電車でも,線路のポイントをこえるとき電車が揺れるから手すりなどにつかまれと注意のためのアナウンスが入る。ということは,電車やバスに乗る場合,老若を問わず座っていないと危険だ,ということではないのか。
欧州の諸国には,もともと「優先席」などないという。年寄りが乗ってきても誰も席を譲らない。席がないときには,次のバスや電車を待つ。待つ人が多い場合、特にバスなどは増発するところがあるとも言われている。
日本の大衆輸送手段には,そんな配慮はない。だから優先席があるのだ。ただ,高齢者社会で増えた年寄りに席を譲っていたのでは、自分の安全が確保できない。その自衛手段として,年寄りを無視するのだろう。
交通会社も、そのことを承知しているからこそ,正確に読みとれば,年寄りに席などゆずらないでもいいという表示法を採用しているのだろう。
「優先席」を設けた交通会社も,そこに平気で座り続ける青年壮年も,正確に読めば年寄りに席を譲ずらないでいい表示を考えた人も,みんな正しい。
それぞれが、ちがった思惑だが,みんな正しい。日本は安全で平和な国なのだ。
<図・掲載略>
(別表2)
生活習慣病対策をめぐって
1. 生活習慣病患者の把握と対象者について
① 予備群の対象者の把握方法は?
② 対象者数の予測は?(国保被保険者数)
③ 社保・健保家族の数(予測)とその対応
④ 特定健診・特定保健指導の実施対象者数(見込み)と実施方法
⑤ 特定健診・特定保健指導の外注先の整備要件(体制と設備)
2. 後期高齢者への健診・保健指導はどうなる?
3. 管内(国保)の生活習慣病医療費と削減目標額は?
4. 08年4月以降の市区町村としての保健事業はどうなる?
① がん検診・歯周病検診・骨粗しょう症検診・肝炎ウイルス検診
その内容と対象者及び実施方法について
② 40歳以上の特定健診非該当者への健診
その内容と対象者の特定方法、実施方法
③ 老人保健法で実施していた保健事業はどうなる?
健康手帳の交付、健康教育の見直しは?
機能訓練と訪問指導の見直しは?
④ 市区町村独自の保健事業は?
5. 厚生労働省が提起しているポピュレーションアプローチについて
どのように考え、どのように具体化するのか?
6. 生活習慣病対策をめぐって
① 市区町村として感じている問題点は?
脳心事故防止策は、国の基準でいいのか?
② 医療保険者が対象としない人びとの問題
対象外の住民、期間外の住民の健康についてどう考えるか?
日本高齢者運動連絡会
〒164-0011 東京都中野区中央5-48-5 シヤンボール中野504
TEL・FAX/03―3384―6654
このリポ-トは、各団体で必要数増し刷りして活用してください
日本高齢者運動連絡会 事務局長 山田栄作
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