2008年3月4日(火)
高齢期運動リポート N057 2008年2月20日(水)
08年4月から開始される
生活習憤病対策と保健事業について
~市町村の保健事業はどのように変るのか~
篠崎次男
市区町村への質問事項:2月の議会にむけて、起こそう行動
1 4月より保健事業に変更が
2008年4月1日は,後期高齢者医療制度の施行の日です。全国に中止を求める熱い声が高まり,2月末の国会では「再修正」議論もありうる情勢をつくりだしつつあります。同時に,同じ4月1日から,市区町村の保健事業の制度が変ります。健康は高齢者のもっとも大きな生活課題です。この健康をとりまく環境が大きく変ろうとしています。この面への関心を強め,市区町村の保健事業の後退をゆるさない高齢期運動の構築も大きな課題です。制度改悪の概要と,いまからの運動課題について検討します。
2 もう一つの医療費適正化策
何が,どのように変るのか。二つの資料を添付しました。それをみながら,制度改悪の全体像の把握に務めます。(ブログには資料がのりません。すみません。)
表1は2006年2月に厚生労働省が国会に提出した「医療制度構造改革」関連法案の一覧表です。厚生労働省が参考資料として提出したものです。今回の医療制度改悪では,後期高齢者医療制度の創設が最大の課題ですが,この間題と表裏の関係ででてきたのが,生活習慣病対策です。
表1の1医療費適正化の総合的な推進の(1)と(2)が,生活習慣病対策関連事項です。再三説明していますが,ここで言う医療費とは,社会保険の医療費のことです。その適正化とは,削減という意味で使われています。この原案がでてきたのは2005年10月の「医療制度構造改革試案の概要」と言う厚生労働省の政策においてです。
3 高齢者医療と生活習慣病対策
2005年の骨太方針で厚生労働省は「医療費適正化の実質的な成果を目指す政策目標を設定し,達成のための必要な措置を講ずる」よう厳命をうけました。
それに応えるための施策として厚生労働省は,これまでの保険料引上げ,一部負担増などの給付率の引き下げなど,保険制度の改悪(これを今回は短期的見直しと称しています)にくわえて中長期的医療費適正化策をはじめて設定しました。短期的方法だと1年間しか有効性が保てない。抜本的対策が必要だとして今回の中長期的医療費削減策を持ち出してきました。それが,表1の1の(1)'にある「生活習慣病対策や長期入院の是正など中長期的な医療費適正化」策です。
厚生労働省は,この方針が発表になった直後の平成17年度全国保険担当者会議で次のように説明しています。75歳以上の医療費が2006年度1年間11兆6千億円かかっている。使いすぎだから数年先には1年間で5兆円の削減を実現させる。そのために長期入院の是正が必要だと強調しました。更に,同じく2006年生活習慣病の医療費に11兆3千億円っいやしている。それをガンを除く生活習慣病(内科的な病で具体的には糖尿病,高血圧症,高脂血症「脂質異常とも最近ではいわれている」,肥満症)で,年間2兆円の医療費削減を実現する。後期高齢者医療と生活習慣病とはかさなりあっている部分があるとも指摘しています。
要するに,後期高齢者医療制度の新設は,医療費削減策が唯一と言っていいほどの目的です。その重要な内容の一つが新しい保健制度への転換です。それがこの4月より開始されます。
4 老人保健法から健康増進法へ
表2は「各種保健事業の取り扱いについて(総括図)」です。当面何が変るのかを説明したこれも、厚生労働省の資料です。市区町村の衛生部門や国保部門で以前から使用されている資料です。
左側がこれまでの保健事業の概要です。それが右に変ります。これまでの制度は老人保健法です。この制度は3月末で廃止になり,右側の健康増進法に変ります。
老人保健法は,1983年に,老人福祉法で施行されていた老人医療費支給制度(無料制度)を廃止するためにつくられた制度です。これには高齢社会での高齢者の医療費を国民から調達(老人保健法への拠出金制度)法が盛り込まれていました。以後の国保・社保の財政赤字の要因の一つがこの供出金です。多くの国民に拠出をお願いするのだからと言う理由で,10年間続いた老人医療費無料制度が廃止になりました。いまでは,1割~3割負担が定着しつつありますが,その基礎がこのときにつくられました。
老人医療にとっては改悪でしたが,この制度ではじめて日本の国民は,国家と自治体の責任で,40歳以上と言う年齢制限はありましたが.総合的な保健サービスの提供をうけられるようになりました。憲法25条は「国民は生活のあらゆる部面で人間らしい生活を保障される」と定め,そのための重要な柱の一つとして公衆衛生をあげています。その公衆衛生としての保健事業は,まさにこの老人保健法によって本格的に開始されたと言えます。それがなくなります。残念なことに,社会保障運動としてはごく一部の公衆衛生や自治体関係者の間で取り組まれた以外,世評にはのぼりませんでした。
5 保健も市場化へ
老人保健法に取って代わる健康増進法は,政府が長年唱えてきた疾病予防・健康維持自己責任を強力に推進することを目的に,2003年に設定されました。一言で言うと,公衆衛生としての保健ではなくなりました。冒頭で国民は生涯にわたって健康に留意する責務があることを強調していますが,国や自治体は,世論喚起,いわゆる国民よ健康に留意せよと言う旗振りだけでいいと言う規定になりました。公衆衛生という言葉そのものも,この法律では使われていません。
更に,特定表示保健食品を認定し普及する(食品や医薬品をも保健の市場化で営利の対象とする路線の推進役として特定表示保健食品が登場)項目を設定したりしています。この直後からテレビ・ラジオ・新聞・雑誌等に健康食品といわれる商品の広告が氾濫し始めました。お茶を飲んで中性脂肪を抑えよう。鰹のエキスを飲んで健康になろう。一種の乳酸製品の使用などで血圧のコントロールを,飲んだり食べたりでの「健康法」が氾濫し始めました。それは年々増加の一途をたどっております。
健康増進法での特定表示保健食品の基準は,薬事法ほど厳密な審査は必要ではありません。ですから血圧に効くとか,体脂肪が減少するとかその効果をうたうことはできません。ですから「中性脂肪が気になる方に」「血圧や血糖値が気になる方に」という宣伝法をとっています。気になる方におすすめします。しかし.効果のほどは?。見たり聞いたりしている人は,気になる人に「良い筈」という錯覚を与えます。そんな課題の多い特定表示保健食品制度を先行させ,そのあとから生活習慣病対策が,この健康増進法に基づいてこの4月から施行されます。
余談ですが、健康増進法の衆議院社会労働委員会での参考人意見陳述に呼ばれました。二人が賛成、一人が反対(私)が意見を述べました。いつもの意見陳述の時には,傍聴席はガラガラです。その日は,100人を超える傍聴人が参集していました。賛成意見の二人の先生方や与党の応援団でした。食品や医薬品,保険会社などから派遣された人びとでした。異様な熱気を感じた,印象深い意見陳述でした。
6 患者以外は健診除外
保健事業の変更に移りましょう。
まず40歳以上の住民対象の「基本健診・健康手帳交付」の事業(実施者は市区町村)が,右側の特定健診・特定保健事業に移されます。実施者は各医療保険者です。この特定健診等は,現に糖尿病・高血圧症・高脂血症・肥満症の患者と予備群が対象です。保健指導も健診に付随して3ヵ月間実施されるだけです。これによって,これまで40歳以上であれば,居住する市区町村に申請するだけで希望者は原則全員受診できました。今回の制度の変更でそのほとんどの人が対象から外されます。
健診対象者であっても,生涯にわたって今のところ1回だけしか受けられません。健診は,毎年受診し、受診によって健康を確認し明日から安心してまた1年頑張ろう,そのことを確認するためのものです。万が一,生活改善や精密検査が必要な場合には早めに手当てをするなど,経年的に受診することに意味があります。対象者も保健指導の期間もごく一部に限定される今回のものは,保健・予防事業とは言えません。多くの市民,特に専業主婦や高齢者,自宅で事業を営む人びとの多くから健診の機会を奪い取ることになります。
7 保健事業は任意の事業
健診と保健指導の他に市区町村は多様な保健事業を展開しています。表2の左側をご覧ください。歯周病検診,骨粗しょう症検診(新たに肝炎ウィルス検診が付与された),健康教育,健康相談,各種のガン検診等は,「従来通り市区町村」の事業とされています。ただし,左のガン検診の下に注目してください。「平成10年度に一般財源化した後は,法律に基づかない事業として市区町村が実施」とことわりがあります。
一般財源化とは,国は予算をつけない,ということで,平成10年度以降はこれらの事業は,市区町村の独自事業として実施されていると言うことです。保健事業の場合の一般財源化とは,市町村の立場から見ると国からの予算が一方的にゼロにされたと言うことです。しかも法律に基づかない,つまり市区町村の勝手な事業だと国は言っています。こんな無茶苦茶な話はありません。
健康増進法は,それぞれの保険等の制度ごとに,その制度の傘下の人びとの健康に責任をもつという制度です。従って,国保や社保が被保険者とその家族の健康すなわち健診等に責任を持つことになります。ただし,生活習慣病対策としての健診と保健指導以外は「努力義務」(左側の「医療保険法による健診等」参照)となっています。自治体も各種保険も,国は予算措置も法的措置もしない制度にしてしまったのです。努力義務とは勝手にやりたかったらおやりなさい,というものです。憲法25条の公衆衛生としての保健事業は,限りなくゼロに近い骨抜きがおこなわれているのです。
8 ガン健診以外なくなる?
2月の議会にはどの市区町村でも2008年度予算案が提出されます。そのなかで,保健事業がどのようになるのか,注目する必要があります。
たとえば手元にある資料では,S市では,ガン健診以外の予算は計上されていません。注釈に40歳以上は国保の生活習慣痛対策へ。75歳以上は介護予防へ,となっています。これらは,さきにふれたように糖尿病等の生活習慣病対策対象者以外は健診の対象外と云うことになります。介護予防とは,介護保険の予防事業と言うことです。
健康相談・保健教育など多様な市民むけの保健事業がどうなるのか,何もふれていませんのでこの点も気になります。
9 国保が実施する健診
市区町村の生活習慣病対策は,国保が実施します。対象者や期間が限定されるほかにも、この生活習慣病対策にはいろいろな問題が潜んでいます。
検査内容が間題です。表3は,赤旗新聞の切り抜きであう。生活習慣病の健診に不可欠な血液検査の総コレステロールがない。空腹時血糖値の測定,心電図検査,肺・胸のレントゲン検査,眼底検査などは必須項目から外されています。
これではたして生活習慣病の検査として不足がないか。市区町村にしっかり質す必要が
あります。
10 診断基準も暖味
表4は,どこの市区町村でも同じ説明をしていますが,これは東京都のある区の国保便りに掲載された表です。生活習慣病対策の対象者の説明です。第1に内臓肥満をあげています。これは2005年に厚生労働省が組織したメタボリックシンドローム診断基準検討会が発表したメタボ診断基準の概略を説明したものです。内臓脂肪が健康に有害であるとして,その危険度の目安として腹囲(へそまわり)の長さの男女別基準を提起しました。その他に血圧の価,血液検査でのいくつかの数値を示しています。
この診断基準が科学的な裏付けのないものではないかと,生活習慣病関連学会や研究者から疑問や批判がたくさんだされています。
腹囲一つとってもこの数字にどのような意味があるのか説明できていません。男女差についてもしかりです。測定法もヘソまわりですと特に女性の場合骨盤にふれて不正確になるのではとの具体的な指摘もあります。厚生労働省は,国連からの質問にも応えられず,07年11月の初旬に日本肥満学会が診断基準は正しいと記者会見した直後に,診断基準に暖昧さがあるとして,正確な基準設定のための調査活動を開始するとの記者発表をしています。
11 欧州とは違うメタボ対策
メタボリックシンドロームが問題になったのは1990年代後半の欧州諸国でした。健康診断で「異常なし」と判断された中高年者の中から,脳心事故が増えていることに着目し,調査をしました。簡単に言うと,肥満気味ですが正常値です。血圧が高めですが正常値です。中性脂肪が高めですが正常値です。こんな具合に,「ちいわる状況」を3つとか4つかともっている人びとのなかから脳心事故が生まれていることを把握しました。ちっと悪い,そんな状況が複数ある,つまり症候群・シンドロームと把握しました。
欧州では,検診後それらの人びとを追跡調査しました。負荷心電図をとるとか,年間を通して定期的に検査をする。生活改善の指導をするなどでした。
日本では,医療費削減策としてのメタボ対策です。ですから,患者だけを集めて,3カ月間の保健指導だけ。おまけに検査項目も減らしています。メタボ対策ではなく医療費対策です。
こんなでたらめな健康診断・保健指導がこの4月から始まります。国民の健康への国家責任は棚上げです。後期高齢者医療制度の中止だけでなく,メタボ対策としての生活習慣病対策をも中止させねばなりません。
12 公衆衛生の危機
この保健指導・健診の受診率が低いと,後期高齢者医療制度への支援金が増額されます。とりあえず健康維持自己責任を被保険者全体で明確にするという制度です。これが続きますと,個人責任を問われることにもなります。肥満者は保険料を高くするとか,体重を低下させないと給付に差別がもちこまれるなど考えられます。
公衆衛生の維持・発展に、住民として関心をもち、その充実のための住民運動を創造することが強く求められています。
(参考文献)
篠崎次男「構造改革と健康増進法」萌文社
篠崎次男「メタボ対策に止まらない保健活動を」日生協医療部会
篠崎次男「生活習慣病対策と自治体保健師」萌文社
市町村の保健事業について、
改善と情報公開を求める自治体交渉を
今回の生活習慣病対策にはいろいろな問題点が指摘されています。自治体として国保について直接責任をもっていますので,この対策について以下の点について応えられるよう要請します。
1 生活習慣病の診断基準について,腹囲の測定等についていろいろな意見があります。厚生労働省も,診断基準見直しの調査をはじめたと聞いています。基準が暖昧のまま、新制度に移行するのは間違いではないのか。考えを聞かせてください
2 検査項目から生活習慣病診断に欠かせない項目が多数外されています。この点について考えをお聞かせください。心電図などは医師の判断にゆだねられています。これらははじめから必須検査項目にすべきです。いかがですか。
3 特定健診・特定保健指導は外注ですか。保健センターなどでの実施ですか。利用者の一部負担はどのようになりますか。健診と保健指導それぞれにどのような負担が生じるのか説明してください。
4 生活習慣病対策以外の保健事業は,今後どんな形になりますか。2007年度と2008年度の違いがありましたら、その違いについて理由とともに説明してください。これらの保健事業は,国は法律に基づかない事業だと説明しています。今後、どのような形にしていくか、考えられていることを説明してください。
5 ここ数年間に,保健師など保健職の数・配置先に変更がありましたか。あった場合、その実態について説明してください。今後、保健職の体制に変更がありますが、お聞かせください。
6 国保の後期高齢者医療制度への支援金は、どのくらいになりますか。被保険者一人当たり年間いくらになりますか。特定健診等の受診率が低いと支援金が増額されると聞いています。その実態について説明してください。保険料への影響などもお聞かせください。
篠崎次男氏の高齢期運動リポートを採録します。活用してください。
3月5日(水)12:00~13:00 国会行動に参加しよう
野党4党が「後期高齢者医療制度の廃止法案」を提出しました。5日はこの法案の成立をめざして、国会行動がおこなわれます。みなさん、国会の議員会館へ、議員面会所へ集まりましょう。
日本高齢者運動連絡会 事務局長 山田栄作
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